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BOSSの回想録(22)


 < 「BOSS THE NK」①>

 私は今、自作の録音機で録音したマイクロカセット・テープの山から一本選び、ヘッドフォンで聴いている。会議録音用の有名機、オリンパス光学の「パールコーダー」は、もしあなたが「マイクロカセット」で検索すれば、Wikipediaの最初か二番目の写真として、本体が掲げられているはずだ。栄光のパールコーダー。私が手にした、これの1台目は、私の上司が私の入社記念に与えてくれたものだ。勿論、当時の私の仕事は請負屋ではない。

 機材ファティッシュや録音マニア、音楽ファンの方ならばご存知かもしれない。マイクロカセットは、まだ生産も流通も馥郁と続けられている。同様の例は枚挙に暇がない。私はクエンティン・タランティーノの映画人としての業績を菊地くんが言うほど評価できないが、コダック社に働きかけ、35ミリフィルムの生産再開にこぎ着けたという点は、どれだけ大きく評価しても仕切れないほどだ(言うまでもないが、これにはクリストファー・ノーランの尽力も大きい。クリストファー・ノーランは素晴らしい映画人だと私は思っている)。

 当ブロマガをご覧の、菊地くんのファンの方なら「ベイビー・ドライヴァー」をご覧になった方も多いはずだし、現在「LALAランド」を初めてご覧になった方もいらっしゃるだろう。私も「LALAランド」を最初の3分を観る時間があるなら「ベイビー・ドライヴァー」を上演時間10分前から500回見た方が良いと、公証人としてどの国の法廷でも証言するが、あの本当に素晴らしい「難聴ウォークマン・ミュージカル・クライムサスペンス」で、主人公のベイビーがミックステープを作っている、あれがマイクロカセットである。

 マイクロカセットは普通のカセットテープと単純比較しても、スプライシングが非常に難しく、一般的には「不可能」とされている、「ベイビー・ドライヴァー」のチャームの一つは、主人公のベイビーが自分で下敷きとカッター、スプライシング用の機材(おそらく手製)を使って、マイクロカセットのミックスを作り、それをカセットテープにアウトして車載している、それだけで脚本内の感動がピークまであがる上に、そもそもその作品自体がソニーピクチャーズエンターテインメント社の作品であり、映画の最後の黒バックに大きく、「SONY」と出た(これは、同社の作品のデフォルトである)後に「BE MOVED(「感動せよ」と「ソニーのウォークマンを装着して動き出せ」のダブルミーニング)と云う、SONYのウォークマン初号機TPS-L9(1979年発売)の紙媒体用のコピーがスクリーンに大写しになるところであろう。この広告コピーは、開発国である日本では、ほとんど使用されず、主に欧米のカスタマーの記憶に焼き付いている。これが(文字通りの)ウォークする人々によるストリートの音楽愛でなく、何であろうか。

 今私は、小田朋美さんに許諾を得てこれを書いている。勿論、映画に関する評価ではない。小田さんはどちらも観ていないだろう。許諾とは、私が盗聴用に小田さんのマンションに仕掛けた、改造パールコーダーの録音内容をこの回想録に書く、と云う意味である。私は菊地くんにも無断で、ほとんど職業的な反射によって小田さんのマンションにこれを仕込んでしまい、菊地くんにイエローカードを喰らって、二人で謝罪に行った。しかし、思いの外、と云うか、予想を大きく外れ、小田さんから抗議はなかった。「前から、自分の部屋に録音機も録画機もつけて、自分が1日でどんな風なのか、観てみたかったんですよ(苦笑)。もし予告されていたら構えちゃうから、意味がないですよね。だから、、、、、良かったです(苦笑)」と言われた時には、冷えた肝が温まった。以下は、2018年、4月某日、ODと小田さんが半同棲を初めて約2ヶ月後の、午前2時35分からの音声の書き起こしである。

 *    *    *    *    *


 「ねえ?OD」

 「なんスか!」

 「ボスさんとバンドをやるのは楽しい?」

 「とても楽しいじゃないスか!!(笑)」

 「ボスさんは優しい?」

 「うーんと、、、、工場長のが優しいデス!(笑)」

 「そうなんだ。ボスさんは怖い?、、、、お水もう一杯飲む?」

 「頂くじゃないスか~(笑)」

 「ねえ、ボスさんって、菊地さんのモノマネをしてるのかな?、、、はいこれ水」

 「ゴクゴクゴク、、、プハー!うまいじゃないスか!!ミトモさんありがとうございマス(笑)。えーとボスは、、、、、優しくも怖くもないじゃないスか!!(笑)」

 「へえ、、、なんか優しそうだけどね、、、、優しくて怖そう」

 「ゴクゴクゴク、、、、抱きつかせてくれないから、優しくないデス(笑)」

 「ああ、、、、、そうなのね、、、、ええと、、、」

 「怖くもないじゃないスか!まだ一回も叱られた事がないデス(笑)」

 「(笑)でも、楽しいんだ」

 「バンドは楽しいじゃないスか~(笑)。歌を一緒に作るじゃないスか!そしてそれを歌ったり、録音したり、お洋服を買ったり、インスタやったり、踊ったりもするデス!(笑)。ミトモさんもバンドをやってらっしゃるじゃないスか!楽しいデスか?」

 「勿論楽しいよ。踊ったことはないけど」

 「踊りは!!ハイパー卍卍卍パリピユンケル楽しいデス!!!」

 「え何て?(笑)」

 「ハイパー卍卍卍パリピユンケル楽しいデス!!!!クルっと回ったり!!こーんなでっかい鏡があって!!ヤベー!!」

 「あなたのそういうのって、ちょっと前の女子高生のネット言葉?」

 「お兄ちゃんたちが言ってたじゃないスか!!(笑)」

 「ああやっぱり、だからユンケルとか入ってるんだ(笑)」

 「川崎のパリピユンケルは凄いデス!」

 「あたしも飲んでみたいな(笑)。それ」

 「ミトモさんみたいな方は飲んだらダメダメデス(笑)」

 「どうして?」

 「ミトモさんは徹夜でパン作らないじゃないスか~(笑)」

 「そうか(笑)。あたしも音楽やめてパン作ろうかな?工場で」

 「ご冗談を!じゃないスか~(笑)」

 「そうね(苦笑)、、、、ねえOD、ワインもう一杯ずつ飲まない?」

 「頂くじゃないスか~(笑)」

 「これ、おいしいでしょ?」

 「ワインはみんなウマいじゃないスか~(笑)」

 「(笑)、、、、はいこれ、、、、乾杯」

 「乾杯!!、、、、ゴクゴクゴク、、、プッハーィ!!」

 「あらもう飲んじゃったんだ(笑)、、、、ねえ?、、、あのさあ、あのさあ、、、お兄様たちはカッコいい?(笑)」

 「カッコいい!!」

 「誰か、お目当ての人はいるの?(笑)」

 「全員カッコいい!!」

 「そう(笑)、じゃあ、お兄様たちと、ボスさんと、工場長と、ええっと、、、、、今これ、テレビに出てるでしょ?この人と、誰が一番カッコいいと思う?」

 「ミトモさんはどうスか?」

 「え、、、、、、あたし?、、、、そうだな、、、、、、あたしは、、、、、、やっぱ星野源かな、、、、ウソ。工場長さん(笑)」

 「自分は、パンを作ってるところを見ないと比べられないデス。。。」

 「そうなんだ(笑)」

 「男の人は、パンを作ってる人しか見たことがないじゃないスか」

 「、、、あのさあOD?恋ってわかるよね?ボスさんと歌詞も書いてるんだから、わかるよね?あなたって、今まで恋したことないの?切ない気持ちとかさ、特定の人と抱き合いたいとか、、、、、、ああそうかそれは工場長さんか、、、、、だから、、、、、あのね、、、、誰かと、、、、そうだなキスしたいとか」

 「。。。。。。。。」

 「OD。。。。」

 「。。。。。。。。。。。。。。。。」

 「OD?」

 「。。。。。。。。。。。。。。。。」

 「嫌だ、寝ちゃっ」

 *    *    *    *    *


 私は手製のパールコーダーのスイッチを切って、中身を出し、全部で60本強に及ぶマイクロカセットを、テーブルの上のパン屑のように片手で全部バケツに落とし、キッチンの隅にある小型の焼却炉に焼べた。菊地くんに、聞かずにすべて廃棄すると約束したからだ。あと約1ヶ月で最初のショーケースライブがある。


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