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BOSSの回想録(17)


<「最終スパンクハッピー」②> 

 我々は初リハーサルからインスタグラム用に写真や動画を撮影した。ODのファッションフォトも含め、時折、コントめいたものも入れようというアイデアは菊地くんからのもので、どうやらインスタグラマーとユーチューバーを混同しているようだったが、コントなら電光石火の速さで書いてしまう菊地くんが、携帯電話の電話越しに1分間のコントを口伝し、私とODはゲラゲラ笑って、どんどん実行した。

 しかしこれは後の話である。順番としては、作曲、アーティスト写真の撮影、伊勢丹のウエブコンテンツへのコメントの収録、そしてレコーディングがあった。

 レコーディングは驚きの連続だった。パン工場の中と川縁でしか歌ったことのないODは、Wikipediaで「レコーディング 音楽」と検索したのを手始めに、ヘッドフォン、マイクロフォン、モニターボックスという基本の機材を手がかりに、小田朋美さんの自室にある制作環境から類推して、全てを一晩で使いこなせるようになり、更には、デモ以降の、いわゆる本チャンのレコーディングスタジオに生まれて初めて入った時には全てを熟知しており、私は何も説明する必要がなかった。

 退化しないアルジャーノンであるODは、しかも、レコーディングの流れを最短で済ませるように仕切る知性と直感があった。レコーディングスタッフに挨拶をし、一人一人にパンを渡し終えると、トイレに入り、着ていた小田さんの私服を、工場で着ていた服に着替えてから、真っ直ぐにヴォーカルブースに向かい、マイク前に立つと。


 「アー。チェックチェック。アーそれでは初日よろしくお願いしますデス。自分の名前はODじゃないスか。えーまずは<夏の天才>から録るデス。エンジニアのアカクさん(*菊地君の作品の大半を手がけるエンジニア。小田さんともなんども仕事をしている)、キューボックスの説明をお願いするじゃないスか。自分はクリックは要らないじゃないスか」  「小田さんでしょ?設定ですよね?」

 「違うじゃないスか~(笑)」

 「え?設定ですよね?現場でもODさんって呼ぶ?(笑)」

 「<ODさん>じゃなくて、<OD>デス(笑)」

 「え、菊地さん(笑)。これって、、、」

 「小田さんに決まってるでしょうが(笑)。役に入り込んでんだよ。真面目な人だから(笑)」

 「ですよね(笑)」

 「ですよ(笑)」

 「ボスボス~。早く録るじゃないスか~。すっかり興奮してきたじゃないスか~!!!」

 「ボスって言ってますけど(笑)」

 「オレはね、ボスっていうの(笑)」

 「それも、、、、通す?」

 「通す(笑)。OD、オレだ。歌詞カードどうする?」

 「そんなもん(笑)。カラオケじゃないデスから(笑)、ぜんぶ覚えてるじゃないスか!!」

 「マイクの高さは?」

 「自分でセッティングしたじゃないスか!」

 「わかった。お前、どんどんブースに入っちゃったけど、お前から先に録る、で良いのね?(笑)」

 「自分が先ず入れるじゃないスか。それで、OKテイク出したらボスがそれに合わせて録るデス。スパンクハッピーは、みんな女子用のキーで、ボスが合わせてるじゃないスか。だから自分のOKテイクをガイドにして下サイ。ニュアンスもブレスも決めてきたじゃないスか~(笑)」

 「一字一句無駄のない説明だな(笑)。わかったOD、じゃテイク1行くぞ」

 「キューボックスの説明がまだじゃないスか(笑)」

 「あスミマセン。1番にクリック、、、あれ?要らないんでしたっけ?」

 「こっちで下げるじゃないスか!」

 「2番にオケの2ミックス、、、、単独で欲しいものありますか?」

 「パンを持ってきて欲しいじゃないスか!」

 「えパン?」

 「OD(笑)、そういう意味じゃない(笑)、単独っていうのは、ミックスだけじゃなく、特に音量を上げたい音色のこと、っていうか、食いながら歌っちゃダメだ(笑)。パンは歌ってからにしろ(笑)」

 「食べるんじゃないデス!手に持って歌うじゃないスか!!その方がピッチが安定するじゃないスか~!!」

 「おおおおおおおおお」

 「おおおおおおおおお」

 「ミトモさ、、、、小田さんのご自宅で試してみたら、手ぶらよりもパン持ってた方が安定したデス。工場では持ってなかったのに、、、、」

 「なるほど」


 工場は空間にパンが溢れていた。


 「わかった、今持って行く。ただし、、、、、」

 「な、、、、、なんスか?」

 「クロワッサンやバゲットはダメだ(笑)」

 「食パンが良いデス!!」


 私は握ってもパン屑が出ないかどうか試して、一番出ない<ダブルソフト>にしようか、はたまた、これでは握り潰れてしまうから、<超熟>ぐらいにしようか迷い、結局は両方を持ってブースに向かった。菊地くんも経験したことがないであろうこの事が、後に連続し続けることになる大いなる驚きの、まずは最初のものになった。


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