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BOSSの回想録(8)


<「BOSS THE NK+OD」②>



 「わかったわかった。ごめん。驚かしたね。友達とあんまり似てたから、間違えたんだ」


 「小田って誰スか~(泣)。全然知らないじゃないスか~(泣)。工場長~(泣)」


 「もう小田さんのことはいい。それより泣かないで。いいかい?オレは君を苛めたり、怖い目に遭わせに来たんじゃない。わかるか?ほら、こっちを見て。僕の目を見て」


 「、、、、、、、、、、」


 「歌が好きでしょ?」


 「、、、、、、、、、、」


 「そうでしょ?、、、さっき、、、、君が歌ってるのを聞いたんだ。歌が好きでしょ?」


 「、、、、好きとか嫌いとかわかんないじゃないスか、、、、、パンは好きじゃないすか!!マジ卍パリピ好き好きデス!!!パンさえあれば何も要らないじゃないスかー!!!(笑)」


 「ここで毎日歌ってるの?(笑)パンが貰えるから?」


 「歌うと、皆さんが褒めてくれるじゃないスか(笑)」


 「そうか(笑)。歌が上手いよね(笑)、だから褒めてもらえるんだ。皆さんに。そうでしょ?」


 「上手いとかわかんないじゃないスか、、、、歌、、、、は、、、、みんな上手いじゃないスか(笑)!レコードやラジオからいっぱい聞こえてくるじゃないスか~(笑)。あとインターネットも、いーっぱい歌が入ってるデス!自分もそれと同じことをやってるデス。カラオケも好きデスが、ここで歌うのが1番好きじゃないスか~(笑)」


 「そうか(笑)。いつから、、、ここで歌ってるの?」


 「いつから?、、、、、、いつから?、、、、わかんないじゃ、、、ないスか、、、、」


 誘拐された可能性も、失踪者である可能性もある。年齢が読めないが、おそらく10代か20代だ。記憶喪失だとしても、生涯喪失か、一時的喪失かまだわからない。この服が失踪時のものか、ここの誰かに買い与えられたものかもわからない。ただ、両親はここにはいない。逃げるときに、親の名を呼ばなかった。


 「君、家族はいるの?」


 「いるじゃないスか!(笑)ここの皆さんデス!(笑)」


 「そうか(笑)、、、、あのねえ、御両親はいる?この中に?」


 「りょうしん?」


 「お父さんとか、お母さんとかの事だよ」


 「そんなんいるに決まってるじゃないスか~(笑)。工場長がお父さんデス!(笑)」

  工場長の老人は下を向いた。


 「お母さんも工場長じゃないスか!!(笑)」


 「そうか(笑)」


 「あとは皆さんが全員、お兄ちゃんデス!!」


 「そうかそうか(笑)。たくさんお兄ちゃんがいて良いね(笑)。僕もね、お兄ちゃんが6人いたんだ。でも、4人が死んじゃってね、お姉ちゃんもいたんだよ2人。でも死んじゃってね」


 「そうスか~、、、、、お気の毒に、、、、、じゃないスか、、、、」


 「僕は、歌が好きな人を探してるんだ。僕にはもう両親もいないし、兄弟もいないみたいなもんだ、それに、僕もね、歌が大好きなんだ(笑)。だから、一緒に歌を歌ってくれる人を探してるんだよ(笑)。わかる?(笑)」


 「そうスか!!(笑)」


 「一人で歌っても、つまんないでしょ?(笑)」


 「そうじゃないスか!!でも、皆さん忙しいから、自分はいつも一人で歌ってるデス。でも、やっぱちょっと寂しいじゃないスか(笑)」



 私は横目で工場長と工員たちを見た。ありとあらゆるケースを推定したが、彼らの表情が最も雄弁だった。私は大きく鼻で息をして、彼女の指紋を取ろうとして、握手を求めた。恐る恐るだが、彼女は手を出し、やがて両手で私の手を握って、踊って見せた。それは、踊りというより、喜びを表す、自然な動き。というのが、最も正しかったようだ。


 この、なんらかの理由で記憶を失った、高い確率で親に捨てられた天才児を、何とか連れ帰り、身柄を確保し、契約しないといけない。彼女は、へんてこな踊りを踊りながら、お兄さん一緒に歌うじゃないスか。それともパンを食べるデスか?自分の分をいくらでもあげるじゃないスか。超うまいじゃないスか~。と言って笑った。



 「わかったわかった。ありがとう(笑)。それより、君、名前はなんていうの?」

 「え、、、、、、なまえ、、、スか、、、、、、」



しまった。と私は、胃のあたりが締まるのを感じた。



 「自分は、、、、、名前、、、、、、ない、、、じゃないスかあ、、、」



私は必死に取り繕うしかなかった。



 「いやそんな、名前がないということはないだろ(笑)。こちらの工場の人らには何と呼ばれてる?ん?あるだろ、あだ名とかでも(笑)」


 「お前とか、おい、とか呼ばれてるデス(笑)」


 「そうか(笑)。名前がないんだな(笑)」


 「そんなの要らないじゃないスか!!(笑)」


 「そうだね(笑)」



 ちょっと、工場長さんに話があるんだ。君、また上に登って、好きな歌を歌ってて良いよ。今度は追いかけたりしないから。と言うと、彼女は早口で「わかったじゃないスか!!」と叫んで、ボルタリングの世界王者のように、というより、猿のように、鉄柵やダクトを掴んでは駆け上がり、数十秒で工場の天井近くまで登った。



 「お兄さーん!こっちに来て一緒に歌うじゃないスか~!」



 工場長と話をつけなければいけないようだ。しかも、菊地くんとして。



 「工場長さん。先ほどご確認いただいたように、僕は音楽家で、フリーランスの音楽プロデューサーです。警察でも、彼女の親族でも、回し者でもありません。自分の事務所の代表取締役でもある。だから、仰りずらい事まで聞くつもりはありません。僕は全くの新人歌手を探しています。彼女には才能がある。おわかり頂けますか?」


 「菊地さん。あたし等はただ、、、その、、、、」


 「わかってます」


 「あいつは、、、、、あの、、、、本当に、、、、、プロの歌手に、、、、なれるんですか?」


 「僕は、インチキ芸能事務所の、いかがわしいスカウトマンではない。本物の才能を見つける仕事です」


 「はい、、、、、」


 「彼女の名前は、まったくわかりませんか?」


 「はい、、、、10年前に、そこの粉倉で寝てたんでさあ。家に帰れって言っても、家がねえ、腹が減ったって言うから」


 「なるほど」


 「あたしの息子は、ほら(指差して)、あいつです。でも、娘なんていねえんで」


 「この工場に住まわせたんですか?」


 「はい、、、ここには工員用の風呂も寝床もあるし、それにあいつは、パソコンも出来るし、掃除も洗濯も出来るんです、車の運転も、、、ただ、女モンの服なんかここにはねえんで、、、、駅前の百貨店で、、、、倅の女房が、、、」



 「なるほど、、、、、ここから出たことは?」


 「ありません、、、、あたしも出ませんし。倅は女房もガキもいるんで」


 「10年間も?」


 「トラックで配達に行かせたことは何度かあるんですが、行った先で歌うたって、パンを貰って来ちまうんで(笑)」


 「工場長さん、、、、、僕を信用して頂けませんか?いきなりやってきて、図々しい話だとはわかっています」


 「、、、、あいつを、、、、こっから連れ出すんですか?」

 

 「はい」


 「たまには戻ってこれますか?」


 「勿論」



 工場長の涙堂が膨れ上がり、白目が充血し始めた。



 「あいつを、、、、家に帰してやりたいと、、、、、ずっと思ってました、、、、最初は、、、、、最初は、いつかふらっといなくなるべ、ぐらいに思って、、、、、い、、、、医者にだって、、、いつか、、、、、いつか連れて行こうと、何度思ったかわかりゃしません、、、、でも、、、、」


 「工場長。誰にも罪はない。わかりますか?」


 「うううううううう、、、、ううううう、、、、うううううううううううううう」


 「僕は、彼女を幸せにできるとか、本当の家に帰すとか、そういう約束はできません。僕ができるのは、彼女の歌を、この工場の外に広めることだけです。それはひょっとして、不幸になることかもしれない。この仕事は残酷です。でも、一番不幸なことは、彼女の歌を、皆さんが独占しているということです。偶然の出会いから生まれた、ちょうど良い暮らしは、時に不幸かもしれない場合がある。皆さんだけの憩いの時間を奪ってしまうのは、僕も本当に心苦しい、ですが、どうかその、、、、」



 工場長は跪いて慟哭し始めた。私は自分の掌に残った彼女の指紋を採集し、そのまま工場長の背中を触った。



 「、、、、テレビとかにも、出るんですかい?」


 「見たいですか?」


 「見てえなあああ(泣)ああああ。ああああああああ」


 「わかりました。約束はできませんが、最善を尽くします。テレビに出たりしたら、親が名乗り出るかもしれませんね」


 「、、、、そうか、、、、」



 工場長は呆然とし、少しだけ目線を上にあげて、涙は乾きだした。私は、まだまだ話すべきことがある、という事実に、とりあえず落ち着くしかなかった。天上から、たっぷりとエコーが乗った声が、強力粉と一緒に降ってくる。お兄さーん、一緒に歌うじゃないスか~。早く早く~。こっちに来るじゃないスか~。


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