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BOSSの回想録(31)最終回


<「BOSS THE NK +OD +菊地成孔+小田朋美」①>   フジロックが有するクラブスペース「GAN-BAN」は、アーティスト(ここではDJ)のブックが、フェス全体から独立している。GAN-BAN側が最初にオファーをかけたのは、DJとしての菊地くんにだった。

 菊地くんは、自分が何系のプレイをすれば良いかブッカーに聞き、それがヒップホップでもジャズでもなく、ニューウエイヴ~ノーウエイヴ~テクノポップ~エレクトロクラッシュといった流れだと分かるや、第一には大笑いして喜び、そして第二には、スパンクハッピーの活動再開の話を持ちかけ、DJブースでのライブタイムを取り付けた。こうしてあっけなく、我々のフジロック進出が決定した。

 この場を借りて、大沢伸一氏、並びに満島ひかり氏に感謝したい。菊地くんは当初「くっそー。オファーがあったけど、オレのDJかよ!!まあスパンクス再開のことなんか関係者誰も知らねえだろうからなあ。2人で聴きに来る?オレのDJ(笑)」等と言っていたし、同時に大沢、満島両氏のコラボ曲「ラビリンス」に関して、「やっぱモンドグロッソやばいでしょ。満島ひかりだよ。ダンスがウマウマ、歌ヘタウマ。もう完璧だよな大沢っちゅう人のポップ感覚」と激賛して、大好きな香港ロケのMVをなんども観ていた。

 しかし、お二方が「ラビリンス」を、フジロック2017のGAN-BAN に於いてリップシンクでパフォーマンスする、という既成事実がなかったら、菊地くんは我々と山ほどのリップ・リグ&パニックの12インチを連れて山を登っただけだった、と断言できる。

 菊地くんがある日「ボス。これ見ろ」と言って送ってきた動画は、まだYouTubeに上がっている。「これ、ここでスパンクハッピーやれって言ってるような動画でしょ?(笑)違うか?(笑)」

 最終スパンクハッピーの出演が決まってからの小さな騒ぎについては、菊地くんは感知しなかったし、我々2人も、練習とインスタグラム(「フジロックまであと○日」というシリーズで煽ろう。という指示は菊地くんからのものだ。因みに「ボクシングをやって、スロー再生するじゃないスか」といったのはODである)に勤しむばかりで、気に留めなかった。

 今や検索の天才となっていたODも「みなさん、ミトモさんが出ると思ってるデスね!うっヒャッヒャ!!」とローラースケートを履いてベッドに横になりながら笑っていた。


 「OD、今更だけどな、お前がどれだけやって見せても、小田さんがやってると思われる。それは良いのか?」

 「ミトモさんなら良いじゃないスか(笑)、それより、自分が失態を見せてミトモさんの名に傷がついたらダメダメです!!」

 「1年やったら、お前の事しか知らない人や、お前と小田さんが別人だと思い込む人も出てくるだろう」

 「思い込むって、実際、別人じゃないスか~(笑)」

 「だな(笑)」。


 菊地くんは「もういるよ。そういう人はいっぱい(笑)」と、我々のインスタグラムを見ながら楽しそうに言った。  小田さんはceroのサポートメンバーとして苗場に前入りしていた。我々は、あたかも<小田さんが当日入りし、ceroをやってから急いでGAN-BANに移動した>という態で、早朝から出発し、午後イチに苗場プリンスにチェックインを済ませた。

 菊地くんの選曲は完璧で、我々もリハーサルは十全に済ませていた。パフォーミングに問題はない。問題はただ一つ。我々はスタジオコーストの教訓を生かし、ODが会場入りの30分前までに目覚めるように逆算して、敢えて眠らせることにした。しかし、ODは行きの車中で眠り、途中メロンパンを大量に買って食べてからまた眠り、チェックインしてからまた眠った。私とODは隣室だったが、私はODがいつ眠るか、ODの部屋で菊地くんと一緒に監視しなければいけなかった。

 入りは午後イチ、出演はフェスの最後である午前0時だ。ODはその間にも4回寝て、起きた。ODが起きている間、我々は冗談を言い続けた。


「ボブ・ディランのパフォーマンスに、ホフディランは呼ばれると思うか?」

「最前列でしょ」

「最敬礼でしょ」

「土下座でしょ(笑)」

「GAN-BANって岩盤の事でしょ?岩盤浴の」

「いや、頑張るっていう意味かも知れない。<頑張んぞ!!>みたいなさ。GAN-BAN-ZO!とか言って」

「そんなGAN-BAN嫌だよ(笑)」

「うああ!ODが寝そう!!」

「OD、今まだ寝るな!!あと30分で寝れる!!」

「うわかったじゃないスかふわあああ」

「OD!!工場長さんからメールだ!!ほら読め!!」

「工場長~」

「今日は来れないってさ」

「動画を撮って送ろう。な?」

「うおーだんだん興奮してきたじゃないスか!!」

「そうだOD!!興奮しろ!!パン喰えパン!!」

「いただきまーすじゃないスかー!!アグアグアグ!!」


 我々は胸をなでおろしたり、ヒヤヒヤしたり、笑ったりした。いつの間にかそれは、我々の日常になり、日常は我々に、ロールプレイの父親と母親の役を与えた。子供のいない私は40年前に、子供のいない菊地くんは一昨年に、両親を失っている。ODの父親と母親は、本当に一生現れないのだろうか?ODが最後のお休みタイムに入った。

  *   *   *   *   *

 「菊地くん」

 「なんだ?」

 「君のご両親は、君のライブを聴きに来たりしたのか?」

 「一度もないね(笑)」

 「率直な話として、どうしてだ?」

 「率直な話として、両親はオレが音楽をやっている、という現実が、飲み込めてなかった」

 「音楽自体を知らないわけじゃないだろ?」

 「勿論。あんま好きじゃなかったとは思うけどさ。軍歌とかよく歌ってたね。彼等は、自分の家族は料理をするものだとしかイメージ出来なかったんだ。兄貴の本も、買うだけ買って、読んじゃいなかった」「君には悪いが、気の毒だな」

「ああ、気の毒だよ。お気の毒さま。って奴だ(笑)」


 次に我々は声を揃えた。


 「どっちもね(笑)」。


 フジロック特有の、どこかのバンドの低音が、84年竣工のままになっている苗場プリンスホテルの室内に静かに響いていた。

 最後のお休みタイムが終わり、ODは最終スパンクハッピーが現場入りするきっかり30分前に目覚めた。「おはようOD君。あと30分で、、、」ODはやにわに立ち上がり、ストレッチを始めた。ヨガと盆踊りを合わせたような、独自のストレッチングを、ODは「パンストレッチ」と呼んでいた。


「自分をパン生地にするデス。体を柔らかくしておかないと、声がDまでしか出ないじゃないスか」

「それやるとどこまで出るようになるんだ?」

「D♯デス!」

「おおおおおおおおお」


 菊地君が忙しく電話をし始める。「ああ、小田さん。そうですか、ceroのステージ終わった、わかりました。サングラスとかマスクとか持ってます?はい。はい。そしたら、もうGAN-BANに来て、客に混じっちゃってください。僕もDJ終わったら袖に引っ込んで、ボス君と入れ替わってから変装して客に混じるんで。では後ほど、、、、え?OD?いま変なストレッチしてますよ。はははははは。じゃあ」「あ、長沼?オレオレ。オレオレ詐偽じゃないよははははは。すまん、ええと、準備は出来た。会場までは二人は変装して行く、裏のテント楽屋には誰も入れるな。そこで二人はオレのDJ終わり5分前に衣装に着替えて待機、オレはDJ終わったら一回引っ込む。引っ込んで、変装してボスと入れ替わる。客の視線がスパンクスに集中してる間に、オレは客に混じる。小田さんも混じってる?一緒かって?いや、お互いどこにいるかはわからない。一緒にいたら変装しててもバレるリスク上がるでしょ。でもカチ合ったりしてね。はははははははは。すまん。ヨロシク」「おっす○○君(誰もが知るオーヴァーグラウンダー)、スパンクスやるよ。うん。オレのDJ終わりで30分。来れる?でー!マジで?○○ちゃんも一緒に?えーちょっとそれ恥ずかしいな~。だってえ、オレ、踊るの(笑)。そう。うん(笑)、まあ楽しみにしてて。小田さんも?うん、小田さんも踊るよ(笑)いやマジマジ!!マジだって!(笑)小田さん、ボディスーツにハイヒールにオーヴァークロスだけだぞ(笑)。だからマジだって。全部マジだってばよ!笑うなよ!あはははははははははははは!!」


 *   *   *   *   *  よし、行こう。と菊地君が言い、我々は出演者移動用のマイクロバスに乗り込んだ。ODが物凄い大声で発声練習を始めたので、私は口を塞いだ。かなりコミカルな光景だが、あの、戦場に向かうようなフジロックのミュージシャン移動用バスの揺れの中では、何事もないかのようだった。

 菊地くんは、わざと意気揚々と会場入りし、知人の音楽家やスタッフに「よう!よう!」と「久しぶり~」等とハイタッチやハグしながら裏のテント楽屋に入って行くのに、我々は気配を消して付いて行った。ラインに小田さんから「ボスさん。楽しみにしてますね。ステージから見て左端にいます」というメッセージが入る。 楽屋入りすると、長沼氏がカーテンドアをしっかり締めて、その外に、バウンサーよろしく立ちふさがった。

 菊地くんがブースに入ると、オーディエンスから地鳴りのような歓声が上がる。菊地くんのDJも楽しみではあるが、スパンクハッピーへの期待と不安が変な風に高まりすぎて、おかしくなっちゃったよ。そんな感じのバイブスだ。

 シュトックハウゼンのキツい電子音を3曲同時に鳴らし、それを3分間放置してから、コルグの太いシークエンシャル・リードとシンセベースが続く、リエゾンダンジュールスのボディ・ミュージックが鳴り出すと菊地くんの手さばきは司祭のようだった。

 リップ・リグ&パニック、ノーニューヨーク、キップ・ハンラハン、ヨーコ・オノ&プラスティック・オノ・バンド、フェリックス・ダ・ハウスキャット、と、インテリジェントでクレージーなチューンが流れるように、つんのめるように繋がれる。ODが踊り出した。「ちょっと待てOD、汗かくなよ。ボディスーツに沁みできるぞ」「了解じゃないスか~!!」しかし、もう既にODは汗でびしょびしょだった。  あと10分。私は自分用のクールストラッティンのタキシードと、アレキサンダーマックイーンのスニーカー、メゾンキツネのTシャツ、OD用にアメリカンアパレルのアボカドグリーンのボディスーツに、安室奈美恵とH&Mコラボレーションの長襦袢型オーヴァークロス、UNのハイヒール、フェンディとプラダのサングラス、を食材のように、手早く机の上に並べた。

 私とODは、お互いに視線を合わせずに狭い空間内で全裸になり、衣装を1分間で完全着用するスキルを身につけていた。お互いに鏡を使わず、お互いがお互いの服や髪の微調整をする訓練も怠っていなかった。ヨーイドンで着替え始め、時間を競う練習を何度したかわからない。ODはニプレスとストラップレス(前貼り)を口にくわえ、鏡を見ずに一発で的確に貼る技術を身につけていた。2分間で我々はドレスアップを終え、互いのヘッドセットをして菊地くんを待った。  私であり、菊地くんである、BOSS THE NKこと菊地成孔が「ひゃー、終わった終わった」と言いながらテントに入ってきた。「おおファイナリストのご両人、キマってるねえ(笑)。いやキマってるって、服がっていう意味だよ(笑)」それから菊地くんは、今まで見たこともないような真剣な表情になってODの瞳を見つめ、ほっぺたを両手でぎゅーっと摘み「楽しみすぎるなよ。OD。クールに振る舞え」と言って、満面の笑みを見せ、ODを強く抱きしめた。ODは「あらー。あらー。あらー。」と言って、酔ったような顔になった。  *   *   *   *   *  アルカの電子音オペラとケージとシュトックハウゼンの発信機ノイズのミックスが流れ出し、我々はステージに向かった。定位置についてマイクの調整を始めると轟音の様なアプローズとシャウトの波動が我々を見舞う。ODは酔っ払ったような顔のままだったが、いつもに増して、目に覇気が宿っていた。

  ODの襟を直し、サングラスの位置を最終調整し、長襦袢のピン留めの位置を調整して、轟音ノイズとアプローズのミックスの中、我々はセットの状態に入った。菊地くんには、実家の飲み屋で鍛えられたかなり高い動体視力があり、一瞬で500人単位の観客の識別が出来たが、私の動体視力は川崎とソマリアでかなり鍛えられた。

 とまれ、視力を駆使する必要はなかった。変装した小田さんも菊地くんも、オーディエンスと同じく、両手の拳を上げてハイになっているのが一瞬でわかった。この日の動画はインスタグラム世界に散乱しているので、ご確認して頂く事も可能だろう。ステージ主観左端で小田さんが「OD~!」と叫び、菊地くんがセンター7列目ぐらいで、我々を交互に指差してはゲラゲラ笑っているのが写り込んでいる。  「アンニュイ・エレクトリーク」は、22年前である1997年、20世紀に作曲された曲だ。意訳すれば「退屈な電気」「電気的な退屈」とパニック発作発症直前の菊地くんの、正に症状に近いほどの先見性の射程距離がある。

 後の計画停電、セックスレスとクラブの閉店、深刻な不況、退屈さに見舞われた、おそるべき少女性、享楽的である筈のクラブのフロアに蔓延する病的なシャイネス、ドラッグ効果の瞬間化としての、感電と失神への憧憬。エレクトロニカとブランデーの相性。全てが今日を予測している。

 イントロが流れ始め、我々は二人で考え込んでいるセットの状態から、一人づつ踊り出す。ODが最初に4小節踊ると、デコルテと脚が綺麗に見え隠れし、オーディエンスは息を飲んだ。5小節目からサブベース(ベースの1オクターブ下の重低音)が加わり、私がステッピンアウトのフォームで回転すると、オーディエンスからは何度目かの津波が押し寄せた。

  ODのチャーミングさは既に私の生活の中に存在しながらにしてこの世のものとは思えなかった。オーディエンス、特に若い女性がODと同調して肩を揺らす。天女の様でも、いたずら好きの魔法使いの弟子の様でも、色鮮やかな珍種の生物の様でも、パリコレのトップモデルの様でもあるODは、自意識を持たなかった。ただただ踊っているのだ。音源に合わせて実際歌ってしまう癖だけがまだ治っていない。

 菊地くんは、なぜ今、このユニットを蘇生させたのだろう。誰にも尻尾を掴まれたくなくて生きている様な彼は、音楽的には社会主義者といっても過言ではないほど、社会に足りない物を音楽にしないと気が済まない彼は、何を思い出し、何を忘れ、何を失い、何を得て、何に乗って未来へ向かっているのか?根本的な疑問は消え去り、充溢的な幸福感が私の中の、しぶとい暗黒を祓い清めてゆく。

 工場長、パン工場の皆さん、届いていますか?ODが、この夏を、神々が与えてくれた季節を、歌い踊りながら、魔法のように未来と現在と過去を繋ぐ、守護天使になってゆく姿が。ビートが、ベースラインが、あらゆる電子音と我々の歌が、苗場から宇宙に向かって放射されてゆく。ドローンの視点が夏を見下ろす。鳥たちに憧れる様に。そして彼らは貫かれ更に上を振り向く。最後のスパンクハッピーの、最初のライブは続き、夏がそれに続く。読者の皆さん。私は現在、BOSS THE NKと名乗っている。菊地成孔くんとは友人関係にある。と言っても信用されないだろう。すぐには。最後までお読み頂いて感謝します。サマーオヴラヴ。我々があなたの、手強い悪魔を、いとも簡単に祓い清めますよう。