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BOSSの回想録(19)


<「最終スパンクハッピー+菊地成孔」①>



 私とODは青山の中華料理店で待ち合わせた。ブルックスブラザースの並び路地裏にある、ミシュラン1スターで、現在予約を取るのは不可能と言われている店だ。菊地くんはシェフが修行時代を過ごした新宿の店の常連で、シェフが独立して青山に出店した時から、予約無しで入れる店の一つとしてガラケーの中にマウントしていた。私も菊地くんの成りすましで、シェフの腕を堪能したことが何度かある。


 ODはランバンの赤のワンピースに赤のマントコートを羽織り、トーガ・プルラの、かなりデコラティヴなグリーンのスリングバックパンプスでご機嫌だった。ファッショニスタ諸氏には「18年SSで、とうとうルカ・オッセンドライバーがレディスの指揮をとった最初のコレクションで話題になったマント」と言えばお分かりになるだろう(公式インスタグラムでワンピースが3641、マントコートが6001LIKEになっているので、確認されたし)。言うまでもないがランバン・オウ・ブルーではない。あれは着れる服がない。


 菊地くんは工場長氏と事前に待ち合わせ、初対面の挨拶を済ませて、すっかり意気投合したようだ。菊地くんは高校生の時に鯖缶や鰯の佃煮の缶詰め製造を授業で経験しており、悪童たちと一緒にかなりの悪さ(カンズメの中にミニカーを仕込む等、これは氷山の一角である)をした。また、彼はフェティッシュなレベルで工場が好きだった。モーリス・ラベルは、世界的な名曲となったあの「ボレロ」の着想の中に、工場の機械音があると言った、という伝説があるが、本当だろうか?作曲は20年代末、第一次産業革命からおおよそ100年が経過し、「工場」が「工場」として世界中で定着し、二次対戦に向けて大いに駆動した、工場の歴史の最盛期だとも言える。


 「ボレロ」はミニマルミュージックの先駆だとか、一部和音の積み方がパイプオルガンの倍音構成のトレースになっているとか、スペイン舞踏のフランス近代的な読み直しだとか分析家に言わせしめる、それらはすべて事実であるが、もし工場説が事実なら、インダストリアルミュージックの文脈に入ってくる。その場合、パイプオルガンのトレースは、緻密に構築された、非常に美しいノイズであり、ぐるっと回って、やはり工場の機械音であると言うことになる。工場は時折、動物の声と全く同じ水準の、凄まじく美しい、非調律音の反復を起こす。


 菊地くんは「あのクライマックスはやっぱ、機械が過剰駆動させられて発狂し、工場が倒壊する音でしょうよ(笑)」と言って笑っていた。「工場ってさ、ほとんどが化学反応による爆発か火災で倒壊するだろ。あとは老朽化による閉鎖、解体だ。ラベルやばいよな。だって、黙々と稼働していた機械が突如暴走して工場を破壊するなんて、20世紀の通俗的なSFみたいじゃないか。ラベルはみんなこれ。パヴァーヌだってダフニスとクロエだって、すごく通俗的で、超俗的で、60年代の欧州SF映画に会う。しかしボレロなんて、確か記憶障害が出てから書いてるんだよね。ヤバくないか?(笑)、まあ、最期は気の毒だけどさ」


 ラベルは確かに、記憶障害の症状が出てから「ボレロ」の作曲に着手している。以降、症状が精神疾患だとする者が周囲におらず、脳外科的な治療を受けるが、開頭の結果、病巣は見つからず、術後のショックで亡くなる。


 ODは、青山の上海料理店で、オープンキッチンから流れてくる油と炎の匂いを嗅いで興奮していた。



 「ボスボス~。超うまそうじゃないスか~。これからお料理とワインとパンが出てきたら、自分、寝てしまうじゃないスか~」


 「あんまり立ち上がってキョロキョロするなよ(笑)」


 「工場長、ワインなんて葡萄酒ですよ葡萄酒!ヨーロッパの田舎もんが葡萄踏んで作ってんだから!そんなありがたいもんじゃないです!でははははははははは!」

 


菊地くんと工場長が到着した。菊地くんはシェフに軽く挨拶すると、着席し、憮然とした表情で、ワインリストをチェックし始めた。私とODは反射的に立ち上がった。



 「工場長~」


 「お久しぶりです」


 「ああ、菊地さん。。。。っていうか、ボスさん。あたしぁ、まだ何が何だか(笑)」


 「すみません(笑)。彼が本物の、、、というか、、、、とにかく菊地くんです(笑)」


 「工場長、良いんですよ何が何だかわからないのが一番なんだから(笑)。あ、ありがとう、ええとね、トマトと卵でしょ、金華ハムの蜂蜜焼きでしょ、梅酢酢豚でしょ、あ全部2皿づつね」


 「かしこまりました」


 「清蒸の魚は?」


 「本日はハタでございます」


 「サイズは?」


 「25センチほどで」


 「素晴らしい。2皿」


 「かしこまりました。あと花巻10個」


 「、、、10個、でございますか?」


 「そう(笑)、10個。先ず蒸篭に入れてから調理を始めて、花巻は最初から出してください(笑)」


 「かしこまりました」



 私は耳打ちした。「OD、パンだぞ」「えーパンが10個スか!!うっヒャッヒャ!!うっヒャッヒャ!!」


 「麺飯は後で決めます」


 「ええ?花巻10個喰って、麺飯も喰うのか?」


 「オレら花巻は1個づつだよ(笑)、わかんねえ(ODを指差し)、ゼロ個ずつかも知んねえ(笑)」


 「なるほど(笑)」


 「ドリンクは、今日はねえ、グラスワインだけで最後まで行きますんで」


 「かしこまりました」


 「このリースリング4杯と、このカベソー2杯と、このアリアニコ、、、、これコンディションどう?タウラージ・ラディーチの12年って、とても良い年よねえ、確か?」


 「はい、大変良い状態で。焼豚や鴨との相性は最高かと」


 「でもグラスの回転率悪いんじゃない?(笑)酸化大丈夫?(笑)みんなピノばっかり飲むでしょ」


 「いえいえいえいえいえいえいえいえいえ!いま丁度、抜栓して30分のがありまして、開き具合も完璧です」


「ホントかよー(笑)。ウソウソ(笑)了解です(笑)」



 菊地くんは敬礼をしてリストを閉じた。



 「いっぺんに全部出してね」「はい」


 「おめえ、、、、こんな、綺麗な服着て、、、、お化粧も(笑)、、、なんか、女優さんみてえだなああ(笑)」


 「みんなミトモさんにして貰ってるじゃないスか(笑)。お洋服は、今日は菊地さんが揃えてくれたデス!!」


 「どうです可愛いでしょう工場長(笑)」


 「かわいいなあああ(涙)」


 「泣かないの泣かないのお爺さんなんだから!!でも良いか、ここのアツシボ最高だから、涙拭くの最高でしょだはははははははは!!」


 「菊地くん、君、人買いのムード出すぎてるぞ(笑)」


 「そうかあ?(笑)オレODを養成所の合宿場に詰め込んだりしてねえじゃん(笑)」


 「ダメだろそれ言っちゃ(笑)」


 「OD、デビュー曲聴いたぞ。凄く良いな(笑)」


 「やったー!じゃないスか!!(笑)」


 「好きなだけ寝てるか?(笑)」


 「寝てるデス!!(笑)」


 「好きなだけ喰ってるか?」


 「喰ってるデス!!」


 「好きなだけセッ」


 「止めろ菊地くん(笑)」


 「好きなだけ石鹸使ってるデス!牛乳石鹸!よい石鹸!!」


 「だははははははははははは!」



ODが泣いている工場長の手を握り、背中をさすりながら答えているうちに、ピーナッツオイルと卵、ガス火の濃厚な焦香のミックスを放つ皿が運ばれてきた。



 「トマトと卵炒めでございます」


 「くあー、いつ来てもヤバいなあ(笑)」



 菊地くんは皿に鼻が接触するのでは?とヒヤヒヤするぐらいの距離で香りを嗅ぎ、左手でちょっと卵をすくい取って、口に入れた。



 「ヤバいなあ(笑)」


 「ワインと花巻でございます」


 「わー!これなんスか!!」



 テーブルの上が、業務用の蒸し器のようになった。



 「さてOD、これが。中国の。パンだ(笑)」


 「うひゃー。肉まんじゃないスか~!!」


 「肉は入ってない。自分で入れるんだ(笑)」


 「だったらやっぱパンじゃないスかー!!」


 「んで、これがワインだ。まあお前マルゴー飲んでるからな(笑)、はいでは皆さんまずはパンとワインで。最初から赤から行きましょう。では最終スパンクハッピーの二人と、伊勢丹とSONYと○○製パンに。乾杯」


 「乾杯」


 「乾杯」


 「乾杯」



 最後は椎茸ソバと蒸篭飯で締める事になる晩餐が始まった。我々はラベルのボレロのように、厳かに食べ始めたが、その威厳は5分と保てなかった。ODは片手に花巻、片手にワイングラスを持ったまま、食事中ずっと中腰で踊っていた。料理は菊地くんが面白がって、箸でODの口に運んでいた。