<「BOSS THE NK+OD+菊地成孔」①> 菊地くんの才能でもあり、一種の病理とも言えるだろう。彼はほんのひと手間で、素材の潜在的な強度を引き出す。速度は、かからなければかからない方が良い。彼はデパートや街路を歩きながら流れるように全てを決めてしまう。
実家が日本料理屋だから、といえば、彼に倣ってフロイトになるのだろうが、とにかく彼はプレイングディレクターで、一緒に動きながらどんどんスタイリングしてしまう。場合によっては、流れを中断しないまま買い物もする。買ったか買わなかったわからないぐらいの速度で。マラソンランナーの栄養補給の様に、あたかもそれが決められたコース内であるかのように店に入って、手にとって出てくる。小田さんに限らず、誰彼のMVの、ジャケットの、ステージの、と枚挙に暇がない。
フロイディアンである菊地くんの立場に反するが、アドラーによれば、人の属性にはゲッターとプレゼンターがいる。菊地くんはそれを更にフロイト的に解釈し直し、ロールプレイング・ゲームとして、一手早く自分がプレゼンターの立場をとってしまえば、相手が否応なくゲッターになると思っている。結果が独りよがりになればこれはストーキングの動きに近いが、結果を出しているので全ての状態が自然に流れてしまう。
彼がグルーヴだと信じているものは、こうした自然な流れだ。驚くべき変化が自然に発生する。これは、素材が料理になる過程に似ている、というか、端的にそのものである。料理という行為には、一切の冗長性が排除されないといけない。と、こうして話はプロファイリングのリージョンに戻る。
私が一番驚いたのは、彼が年長の先輩に連れられて、老舗のすき焼き屋に行った時のことだ。彼は仲居に逆らうことなく、寄り添って自然に流れ、いきなり、自分の溶き卵の卵液を焼けている鍋の縁に回しかけた。「あー、肉と野菜ばっか食ってたら卵焼きが食いたくなった。卵がタレ吸って調子良いんで、このまま焼いたら美味いですよ」と言い終わる頃には、プラモデルのような、小さな卵焼きが綺麗に焼きあがっていた。
そこにいた全員が、驚く暇もなく、彼はそれをパクッと喰べて、「んーまい!(笑)」と笑い、「皆さんも喰います?(笑)」と言って、結果として卵焼きを4個焼いた。
明らかにこれはブリコラージュの実践だ、と派手に解釈することも可能だ。彼がフロイトだけでなく、レヴィ=ストロースも思想的な基軸にしているのは、おそらく有名な、調理の三原則、それだけだろう。しかし、フロイトもレヴィ=ストロースも、音楽への不全と偏愛があった。彼が依拠する者は全員、音楽への不全と偏愛を持っている。マイルス・デイヴィスですら、彼は強引にそう解釈しようとする。スリップも許可範囲に入れるのがフロイディアンなのだろうか。
<すき焼きの卵焼き>は、私の中の菊地君の速度性に関する原イメージになった。あんなとてつもなく奇妙なものを、まるでコースの中の一品のように、そこにいた全員が自然に食べた。今、彼は、伊達眼鏡という、必要性から見たらゼロに近いものをアイコンにしようとしている。着けられてから僅か3分で、ODは鏡を見て「あらあ」と言いながら、ポーズをとったり、歌って踊る真似をしたりしている。
そして菊地くんが「気に入ったかOD?」と、笑いながら聞くと、ODの答えは<超気に入ったじゃないスか!可愛いデス>でも<なんか不思議な感じじゃないスか~。初めてメガネかけたじゃないスか~>でもなかった。ODは反射的に(え?気に入ったかって?)と、いったような、子供の様に怪訝な表情をした。まるで、ずっと自分の顔面の、メガネの所定位置が空欄だったかのように。
* * * * *
初見、どんなに奇妙なものであろうと、最終スパンクハッピーは、(正に「<最終>的」には)カスタマー全員に、ごくごく自然に受け止められるだろう。30代までの菊地君は、その「最終まで」にかかる時間を、100年でも構わないと思っていた筈だ。私は、今回のジョブの根拠を理解し始めていた。短時間で理解され、浸透する。短時間で消費され、次が求められる。
「まあ問題は、二期との比較だけだ。岩澤さんとあの頃のオレにヤラれてる、しがみつきのご贔屓筋が、昨今更にこじらせてるからな(笑)。っても、そうだなあ、、、、表立ったジタバタは初動の数ヶ月だろ。こいつ、何が何だかわからないから助かるよ。楽で良いよこいつ。なんたって小田さんだと思って磨けば良いんだからな。なあボス君?(笑)」
と、菊地くんは本当に楽しそうに笑った。それは、獲物を捉え、捌いて調理しているようにも、ミューズに跪いて祈りを捧げているようにも見えた。亡くなった菊地くんの父親は手酷い暴君だったが、鳥も魚も、時には豚や羊も生きたまま捌いたらしい。
「お経が長くてさあ。潰す前の(笑)。寿司になんねえよ。鰯にお経唱えてたらさあ(笑)」「だからオレは絶対にペットは飼わねえし、SMなんかするんだったら、人殺しのがよっぽど良いね」
と菊地くんは言っていた。私が始末をする時に、その瞬間から逆算して妙法法華経の一部を唱えながらする話をした時、菊地くんは「オレ前田さんに聞いたんだよね。シュートの瞬間に頭の中で何考えてるんですか?って。ヤベえよ。答え(笑)聞く?(笑)」と言いながらODの頭を優しく撫でていた。
Comentários