<「菊地成孔+BOSS THE NK+OD+小田朋美」②>
「小田さんすいません、シャンパングラスじゃなくて良いんで、グラスを4つお借りできますか?」
バラバラのグラスにルイ・ロデレールがロシア皇帝に献上したシャンパンが注がれ、菊地くんが「OD、乾杯の音頭をとってくれ」と言うと、ODが「音頭っスか?、、、音頭?」と目を丸くした。私は「いや、歌わなくて良い。お前、乾杯したことあるだろ?」と言うと、ODは「毎晩してたじゃないスか!(笑)」と言って、楽しそうに
「今日も一日お疲れさんデス!!かんぱーい!!」
と言って、同じ顔をした二組がグラスを当てあった。ODだけが一気に飲み干して「プハーすんげえ旨いじゃないスか!!」と言った。パン工場の兄たちを真似ているのだ。 数分間、誰も話し出さなかった。菊地くんはニヤニヤし、小田さんは戦慄し、ODは無邪気にはしゃいで、私は様子を見ていた。いくらでもこの状態が続きそうだ。見兼ねた小田さんが、電子タバコを吸いながら
「音楽でも、、、、かけましょうか、、」
と言って、ラフマニノフのピアノ曲を流した。情動奔流の音響化であり、典型的なヒステリアとも言える、非常に複雑で美しい作品である。全員がしばらく音を浴びて、菊地くんは
「ラフマニノフやべえな。ちょっと失礼。トイレお借りします」と、トイレに行った。気がつくとODは、ソファで仰向けに、口を開けて寝ていた。
「小田さん、今回は巻き込んでしまってすみません」
「ええと、、、、あなたは菊地さん?、、、あれ?どっち?」
「違います。菊地くんは(指差して)トイレで」
「あの、すいません。あなたが<菊地くん>っていうの止めてもらえますか?すごく変な感じなんで(苦笑)」
「わかりました(苦笑)。じゃあ、なんと言えば?」「彼、とか、あの人、とか」
「了解です。私は、彼ではありません。あの人は今(指差して)トイレで」
「どう言っても変な感じですね(笑)」
「ああ小田さん、トイレお借りしました。あのー、手を洗うのに、勝手にハンドソープ使っちゃいました。ごめんなさい」
「いやハンドソープは良いんで、それよりあの、お二人であたしの両脇に立つの止めてください。すごく気持ち悪い(笑)」
「失礼」
「失礼(笑)」
「じゃあ、どうすれば?」
「じゃあ、、、、どうすれば?(笑)」
しばらく黙って、小田さんも残りのシャンパンをあおった。
* * * * *
「そうか、ODっていうのか。初めまして。良い名前だな。旨そうだな~そのメロンパン(笑)ちょっとオレにもくんない?(笑)」
「うわー。凄いデスね。ボスが2人、、、、お二人はご兄弟デスね。双子というのを知ってるデスよ。ネットで見たじゃないスか~」
「OD、オレと彼は別人だ」
「またまた~(笑)。ウソじゃないスか~(笑)。菊地さんはボスのお兄さんスか?弟さんスか?」
ODは後に、極端に発達した情報処理能力で、私と菊地くんを「ぜんぜん似てない」と知覚するに至るのだが、最初は常人と同じ反応だった。
「いやあ、本当に別人なんだよOD。それにな、来週、君とそっくりな女の子と会わせる、、、、、、この人だほら」 「これは自分の写真じゃないスか(笑)」
「よく見てみろ、君、この服に見覚えあるか?楽器も弾けないだろ?あれ?弾けるんだっけ?」
「ピアノが弾けるじゃないスか!(笑)」
「いきなりどうして(笑)」
「一回弾いたら、弾けたじゃないスか」
「どこで?」
「川崎のアトレの中にある楽器屋さんデス(笑)」
「へー。ボス知ってた?」
「え、略称ボスなのオレ?(笑)」
「いくらなんでも長いでしょうボス・ザ・エヌケーってのは。みんなボスボスって言うよすぐに」
「やだなあ。石原裕次郎みたいじゃないか」
「ボスボス~(笑)」
「やめろOD(笑)」
「ボスボス~(笑)」
「やめろって(笑)」
「いや、それで良い(笑)」
「それよりOD、よく見ろ。この服、見たことないだろ?場所も」
「確かにそうデスが、、、、でも、この写真は、、、、、やっぱ自分じゃないスか(笑)」
「自信あるか?」
「自信、、、、は、、、、あんまり無いじゃないスか、、、、自分は物忘れが激しいデス!(笑)」
「オレも(笑)」
「菊地さんもデスか!(笑)」
「たまに、自分の名前忘れちゃう(笑)」
「自分もそうデス!(笑)仲間デスね(笑)」
「そうだな(笑)。でも、この人と君も、オレとボスも、そっくりだけど別人なんだ。和田アキ子と優木まおみのようにな(笑)」
「ホントじゃないスかー!!そっくりじゃないスかー!」
工場長に譲り受けたガラケーは私が保管する事にし、ODにはスマホを与えた。ODはものの数時間で、初めて手にするモバイルを完璧にマスターした。今は、高速で検索し、和田アキ子と優木まおみの静止画から、特にそっくりな写真を見つけて、スプリット画面に並べて見ている。
「まあいいや。それよりOD、ええと、、、、、この服を着てみてくれないか?」
「うわプラダのコレクションラインじゃないか」
「借りてきたんだ」
「誰から?」
「いやメゾンから」
「ああ、、、、なるほど、、、、うわ!」
「うわあああああああ!バカ!!」
ODはニコニコしながら一瞬で服を全部脱いでしまった。
「ちょOD!!待て待て!!」
「ここで脱ぐな!!」
「だって!着ろって言ったじゃないスかー!服は脱がないと着れないじゃないスか!(困)」
「お前が困るな!困るのはコッチだ!」
「えー君、ひょっとしてパン工場で、工員のみなさんと一緒に着替えてたのか、そうやって(笑)」
「違うじゃないスか!!着替えは一人でしかした事ないデス!!」
「そうかわかった、、、、、まあ、、、とにかくまず着ろ!あのー、最初に着てた方のやつな」
「了解じゃないスか(笑)」
* * * * *
「あのなOD。男の人の前で裸になってはいけない。絶対だ」
「いや、女の人の前でもな、一応な(笑)」
「はい~。じゃないスか(笑)」
「風呂はどうしてたんだ?」
「一人でしか入った事ないじゃないスか、、、、」
「そうかそうか、わかった、まあいいや。えー、そういう話は後々聞くとして、そうだな、じゃあ、、、、、、、、これをかけてくれ(笑)」
「メガネじゃないスか、、、、自分、目は良いじゃないスか(笑)」 「そうか。こんだけPCやってるのにな、、、まあいいや。これはなOD、君の衣装だ。ま、試しにな。小田さんのだし」
それは、菊地くんが過去、小田朋美さんにあげたものだった。私との移動中、新宿南口のルミネの中を通過しているときに「あ、あれ、小田さんにあげよう」と言って、いきなり眼鏡屋に入り、「小田さんは目力が強いし、なんでも目に出るから、逆にゴツい伊達メガネしたら可愛いんだよ」と言って、ものの数秒で支払い終えた物だ。「こうやって物を買うのか」「ああ、おかしい?」「おかしいね(笑)」「そうか(笑)」
ODが装着して、我々は軽く息を飲んだ。
「すげえ良いじゃ~ん(笑)。どう思うかなボス君?(笑)」
「とても良いね」
菊地くんは、面白くてしょうがないといった、彼のあの笑顔で「これ、楽だなあ(笑)。小田さんだと思えばいいんだ(笑)」と言った。ODは、のちに「ODの顔」になる顔を鏡で見つめて、鏡像段階の乳幼児と同じ表情になっていた。
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