<「菊地成孔+BOSS THE NK+OD+小田朋美」①>
「うわー。うわー。ホントにそっくりじゃないスか~。凄いじゃないスか~」
ODは小田さんの顔を撫で、自分の顔も撫でたり、パッとステップバックして、鏡を見てはまた感心し、パンをパクッとくわえて、また小田さんの顔を見つめたりしている。
小田さんの部屋のテーブルの上は、セブン&アイのコンビニエンスストアで買ってきたパンが山のように積んであった。小田さんはいつものクールな感じで微笑みながらも、明らかに困惑していた。菊地くんはお約束で遅れている。
* * * * *
私は菊地くんに了解を得た上で、小田朋美さんの身辺を洗わせてもらった。死んだと思っている双子の姉妹がいるとか、御父君が政府のヒトクローンの極秘プロジェクトに関わっていて、実は小田さん自身が誰かのアヴァターであるとかいった事はない。と確定してから、私は小田さんにお会いして事の次第を全て話した。
パークハイアットのピークカフェで待ち合わせすると、小田さんは私を見つけ、軽く腰を浮かせて、すぐにまた座り直し、私が「小田朋美さんですね。初めまして」と言うと、「え?なに?これドッキリ?」と云った、思いっきり怪訝な表情で私を見つめていた。
「え?あなた、菊地さんじゃないんですか?、、、、菊地さん、、、でしょ?(苦笑)」
「いえいえ、かくかくしかじかでして」
「はあ、、、、でも、、、そんなの、、、ちょっと信じられないな(苦笑)」
「まあまあそれは、当日明らかになります。菊地くんも来るので」
「<菊地くんも>って、、、(苦笑)」
「それより、本人に会ったら、それどころじゃなく驚かれると思います。事前に写真、ご覧になりますか?」
「はい、是非、、、」
私はODがユニクロの部屋着を着て、1斤のパンを食べながらふざけて踊っている写真を見せた。後のインスタグラムの平均値である。ODはバレリーナの様に両手を180度広げて、片足を背後に伸ばし、片足のポイントだけで静止することができた。
「え、なんかこれ、、、、あたし、、、、、ですよね(焦)、、、、あたし、こんな、、、、、え?いつ撮ったんですか?いつこれ?」
「いやだから、これがODです(笑)。ここに来る前に撮りました」
「嫌だ気持ち悪い(苦笑)、、、、でも、、、俄然興味が出てきました(笑)」
「そうですか(笑)、あの、ですのでね、小田さん、要点はそこだけです。彼女がデビューしたら、カスタマーのほとんどは、小田朋美さんが、一人二役でやっている、、、というか、単に今回のスパンクハッピー再始動参加に際する芸名だと思うでしょう」
「ごめんなさい飲み込みが悪くて、、、、あのう、、、本当にあなたは菊地さんじゃない、のね?」
「そうです」
「なんだけど、菊地さんが芸名でやっている態にする、、、んですね?」
「そうです(笑)」
「そもそもあのー、それはどうしてなんですか?」
「すみません。今は言えません(笑)。でも」
「でも?」
「誰だってそう思わざるを得ないのでは?」
「そう、、、ですね(呆然)、、、、じゃあまあ、じゃあまあ、それはそうだとして、そ
れは良いじゃないですか、菊地さんとあなたの間でコンセンサスとれてるんだから」
「はい」
「でも、あたしも、この子と同一人物だとして、スパンクハッピーを始めるの?」
「いや、そこをご相談させて頂きたいんです。とぼけて頂いても大丈夫ですよ。ODと自分は絶対に別人だと」
「、、、でも、無理ですよね、、、、声もそっくりだし」
「はい、誰もが、小田さんを、パブリックイメージ以上に、シャレの利いた方だと思うだけでしょうね(笑)」
小田さんは、しばらく硬い無表情になってから、唐突に話し出した。
「でも、バレますよ。あたしのスケジュールはインサイダーにはガラス張りだし、今からスパンクハッピーの立ち上げに参加するというのは、スケジュール的にも能力的にも無理です。今年はceroもクラックラックスもCMも映画音楽も、三枝さんとのプロジェクトも含めて凄く忙しいし、フジロックでデビューって、そもそも今年のフジロック、ceroも出ますよ」
「フェス被りは却ってありがたいです(笑)。小田さんが二つ出て、活躍されている、という態になるし」
「でも、ピアノもキーボードも弾かないで、歌って踊るんですよね?」
「はい(笑)」
「えー、だから、えー、ごめんなさい頭が混乱してきた。この子がした事は、あたしがした事になるんですね?」
「そうです」
「ええええええ、、、、、」。
「菊地くんのプランでは、衣装は、あらゆるルックを使います。グランメゾンのドレスも使うし、水着やボディスーツや、男装、ヘナタトゥーも使います、あと言葉遣いも独特です」
「え水着?」
「まあ、パリコレSSみたいな、水着着て、アウター1枚羽織って」
「えー、、、、」
「大変失礼。菊地くん曰く、ですが、3サイズとかじゃなくて、体型も全く同じだと」
「菊地さんはあたしの体なんか知りませんよ」
「彼の超能力ですよ。聞いた事ないですか?眼球にX線がついてるんです(笑)。失礼、冗談です。シャーマン狩りの時に、彼に全裸を見られてるでしょう?彼は視聴覚の記憶力が高いじゃないですか」
「何れにせよ嫌だなあそれ(笑)」
嫌だなあ、と言いながら、小田さんはもう、このプロジェクトに興味津々だった。そもそも、ミーティングの場所にご自宅をお貸しして頂く約束はすでに取り付けてあるのだ。
「えー?スパンクハッピーあたしじゃダメなんですか?(笑)、あ、そうか、この子がいるか(笑)。あ、じゃあ、これはこれは?これはどう?たまにあなたと菊地さんが入れ替わって、あたしとこの子が入れ替わる(笑)」
「大歓迎です。ただ、<入れ替わる>といっても、こいつは小田さんの代わりはできませんよ(笑)」
「ああ、それが出来たら楽なんだよなあ(笑)。来月クッソ忙しいんですよお。アヴァターって良いですねー(笑)」
「小田さん、話が逸れてます(笑)」
* * * * *
ドアチャイムが鳴り、小田さんが玄関まで菊地くんを迎えに行った。菊地くんは、ルイ・ロデレールのクリスタルを剥き身で握っており、「あ、小田さん、どうもどうも、あけおめ?ですかね?あ!コートは大丈夫です大丈夫ですありがとうございます。どうも」と言いながら靴を脱いで上がってきた。いつもの無遠慮なドスドスした足音に続いてドアが開くと、菊地くんの瞳孔は開いており、彼がトランスした時の、あの爬虫類の様な、野良犬のような顔で、他の3人を睥睨した。
「おおー。やっと揃ったな諸君。話が完全にまとまった暁にはシャンパンはドン・ペリニョンにアップグレードしよう(笑)」
もしこれが映画で、監督が凡庸だったら、360度カメラが、CGで合成された4人をぐるっと見回した筈だ。菊地くんがよく他者にもたらす、恐怖と面白みとセクシュアルさが混同された、異様な緊張感が流れ、誰もが、ODすらも言葉を失った。菊地くんは、こんなに面白いことがあるか、と云った表情で、吹き出しそうになりながらこう言った。
「さながら、一つ部屋に詰め込まれた、2組のファイナリストだな(笑)。あ!そうだこうしよう!<ファイナル>スパンクハッピーだ!だって、ファイナリストに相応しいメンツでしょ。なあ、そうは思わないかね?諸君?おおっOD!ご機嫌はいかがかな?あらー。今日もパンがいっぱいだ(笑)」
ODは私と菊地くんを交互に見つめ、「菊地さん!ボス!小田さんは超カッコイイじゃないスか~!凄い音楽の大学を出てるデス!!ピアノも弾いてもらったじゃないスか~。物凄い上手じゃないスか~。それに凄い綺麗~。綺麗じゃないスか~」と言いながら、小田さんに横から抱きついた。菊地くんはゲラゲラ笑い出し、小田さんは戦慄していた。
私の胸には、奇妙な暖かさのようなものが去来していた。いけない。いかに心地よくとも、これに流されてはいけない。と心に言い聞かせるも、菊地君は<お前、小田さんが綺麗ってよう、それって自分が綺麗って言ってんのと同じだぜ(笑)図々しいなOD!(笑)>と笑い、ODが、食べていたものを道に落としたかのような表情になって、小田さんも吹き出していた。「諸君。乾杯だ。シャンパンが嫌いだという贅沢者には、出て行って貰うぞ(笑)」と、菊地君がリア王の如き振る舞いを始める。
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